Column 8 吉祥寺を生きる人
おふくろ屋台店主 映画プロデューサー 松江勇武さん
日常の暮らしに「ハレとケ」があるように、人にも表と裏があるように、街も整い過ぎていると、テーマパークのようでどこか落ち着かない。
残念ながら最近ではどこの街にもチェーンの飲食店が増え、それと反比例するように、主張のある個人商店が少しずつ撤退していく。吉祥寺も例外ではないが、まだまだどっこい、この街には湿り気とも言える部分が残っている。
その象徴ともいえるのが、駅前北口のハモニカ横丁だ。居酒屋の名店「峠」や、店中の壁面に模型が高く積まれた「歌川模型」など、ならではの店がなくなってしまったのはなんとも残念だが、「いせ桜」のおだんごの餡はとろりとしているし、「美舟」はずっと昔と、どこか変わったことを探すのが難しいほどがんばってくれている。
オーナーは変わったものの、「おふくろ屋台」もまた、昔ながらの佇まいをそのまま残してくれている貴重な店だ。狭い階段を手すりをつかまり、ちょっと息を切らしながら登っていくと、店主の松江勇武さんは、いつものポーカーフェースでそこにいてくれる。
松江さんは、たまたま吉祥寺と縁があり、出店することになった。店に来た映画監督と知り合ったことがきっかけで、吉祥寺を舞台にした映画のプロデユーサーも務めている。
地元の店主たちともつながっていて、毎月横丁で朝市を開催するなど、この街への愛は半端じゃない。
「ハモニカ横丁の魅力は、表の顔がどんなにきれいになっても、ふっとここに来れば、昔ながらの街の臭いがあるというところだと思います。古いものは一度壊したら、二度と取り戻せない。今僕は変化する吉祥寺の街をビデオで記録しておこうと思っているんですよ」
松江さんは、その思いを飄々と語る。
せめて画像で街の景観をとどめておきたい
惜しまれながら取り壊された前進座やその養成所も撮ったが、ちょっとタイミングがおそかったら取り損ねていただろうというほど、あっという間にそこにあった建物が跡形もなくなっていく。最近は大々的に改装している駅ビルの工事などの記録も撮り続けている。
ビルに入る店舗もリニューアルのたびにターゲットが若くなっていくように見える。地元のマダムたちはみなこう言っている。「私たちってどこで服を買えばいいの!」
吉祥寺らしさを残していくのは、当面の課題としては、経済効率の面でロスもあるのだろうが、長い目で見れば、大いなる遺産となっていくだろう。
松江さんは本業の店の経営の他に東北でのボランティア、映画の上映会や映画祭などであちこち飛びまわっている。それでもやっぱりこの街が一番だと思う。
「この横丁もどこまで昔の建物を残していけるのか、今が正念場ですね。ここにしかないものを大切にしないと、どこも同じような顔の街になってしまいます」
ビデオの映像を観ながら「昔はよかったなあ」なんて、言いたくない。
■ 松江 勇武さん
1976年生まれ香川県出身
吉祥寺ハモニカ横丁「おふくろ屋台」店主。
『ムサシノ吉祥寺で映画を撮ろう!』の活動を始める。2009年『セバスチャン』10年『あまっちょろいラブソング』12年『あんてるさんの花』制作。地域との信頼関係を築きながら進めてきた活動が認められ、最新作はフィルムコミッションや活性化協議会とも連動した動きに発展。有志が集まって映画を作る活動が、地域に貢献できる活動に育ちつつある。